きっと、今でしょ。
ポッカリと頭に浮かんだことがあった。
「やっぱり、どう考えたって、機は今でしょ。」
珈琲焙煎を始めて2年半。
修行はすでにある地点に到達し。
応援してくれる方も増えて来て。
ご注文を受けることも増えて来て。
今までのイラストや漫画などの活動も、
珈琲に活用できる筋道が見えて来て。
で、この先3年以上も待つってか?
それ無理くない?どう考えたって時間の無駄くない?
今34歳。3年経ったら37歳。そりゃ若い方がいいわな。
職場に、ずっと大学講師を兼業して続けておられる方がいて。
その方が先日めでたく、とある大学に就職が決定したのですが。
10年以上兼業してきたその方曰く、
「いいか、絶対に若い内がいいぞ。世間の目ってのは本当に厳しいものだから。」
急げってわけではないが、ダラダラと今の生活に慣れてはいけないぞ、
自分の志した道が他にあるならば、機を逃してはいけないぞ、
歳を取れば取るほど、世間の目は厳しくなるものだからな、
と、この方が言わんとしていること、何だかよく分かる気がする。
この方は職場のリーダー的存在の人だから、余計に響く。
今が幸せだとしても、それが永遠に続くことはありえない。
常に心に向上する気持ちを持ち続けて、前進する過程にのみ、
幸福は存在するものだから。
仏教的に言えば、それが無の境地であり、
宮崎駿的に言えば、そこが風立ちぬ場所なんだろう。
志の向かう方向にしか、幸福は生じえない。
だから、人生ってのは本質的に個人的な闘いなのだ。
・・・って、何の話だったっけ?
実はまた職場の再編成があり、3つの支店に分かれることになったのです。
珈琲を始めると同時に入った今の職場。仲間たちとも今度ばかりはバラバラに。
会社に対して愛着はないのです。人間関係に愛着があるだけで。残念至極。
(組織ってやつは、相当上手く出来ているけど、ある種残酷物語なものね。)
まだ先が決まる前に辞めることはないけれど、
こんな会社の都合に、自分の行く末を合わせる気持ちは更々なく、
ならば、先見えずとも自分の志の方向へと歩みを進めるしかないわけだ。
そんなこんなの個人的諸事情も含めて、
「やっぱり、どう考えたって、機は今でしょ。」
と改めて思ったわけであります。
前回のエントリを只今帰郷中の、
相方さんも読んで色々思ってくれたらしく、
(彼女の太鼓道も大きな節目を迎えているので。)
とにかく焙煎機だけでも島に早いうちに設置して、
『出来る商売から始めていこうじゃないか。』
というお話になって来ております。
秋頃には、お伊勢さん&高野山参りの計画もあるので、
その旅に向かう中で答えが出るんじゃあなかろうか。
志の方向に沿った、我々らしい、商売のかたち。
きっと、今でしょ。