COFFEE ROASTER BLUES!!

roastersk.exblog.jp ブログトップ

ピンチと崖っぷちからの、天啓。

昨年末に、
新潟在住の巨人N氏より、
彼の著作が届いた。
a0247515_21285991.jpg
「世に役立つためにも、おヌシのような人間に読んで欲しい。」
との熱いメッセを受け、年始空いた時間に一度読んだ。

その時の俺は、11月末時点の島とのとあるやりとりから、
まだ例の店舗1階で珈琲屋を開業できると信じて疑わず、
その場所をさていつ施工始めるか、という期待に溢れていた。

ついに今年始められる‼と。
あとはタイミングを計るだけだと。
つまりは、ゆるい気持ちで読んだ。



「おお、Nはさすがに順調だなあ。結局人柄だよな~、人生は。
でもこの本なんて、アイツの魅力の10分の1も反映されてないゼ。
奴はまだまだ先のこと、大きな展望を見据えているに違いない。」
なんて、思った。つまり、全然内容を読めていやしなかった。

それから、たかだか1ヶ月で、
あっという間に期待が反転し、ピンチに溺れ、
まあ、今はもう大丈夫だけど、大変だった。

何一つ、自分たちの想いが伝わっていないことに、びっくりした。
まあ、完全にコミュニケーション不足だったわけです。
これはしゃあない。やっぱり見てる方向が全然違うから。
(と、やっと気付いた。)

横浜から見てると、そんなに淡路島は遠くない、と思ってた。
でも、淡路島の小さな漁師町福良から見た横浜は、きっと異界なんだろう。
関西と関東の感性の違いもとても大きい。

さて。

もしかしたら、福良には移住できないかもしれないと考えた俺は、
すぐに移住先に、今まで行ったことのある島や、町を思い浮かべた。
悪いけど、もう悠長していられない。外に大事な関わりがあるのだから。

自家焙煎珈琲屋は死んでも開業する。
そして、場所がどこであろうと、その場所に見合った見せ方をすれば、
必ず活路はある。活路はいかようにも見い出せるはずだから。

調べたのは、まず四国。
お遍路で回った、魅力的な移住者がいた、愛媛の内子町とか、
それこそアーティストの受け入れでも有名な、徳島の神山町。
もしくは瀬戸内海の島々にも、興味がないことはない。

水木しげるさんの故郷境港だって、忘れられない思い出がある。
相方さんが豆を送っている、九州の五島列島に移住した売れっ子美容師さんも、
只今地域の盛り上げ奮闘中で、こっちで自家焙煎してくれないか?という程、
うちの珈琲豆をめっぽう気に入ってくれているらしい。

どこにだって、自分とのつながりは見い出せるはずだ。

で、もう相応しい場所が見つかれば、どこでもいい。
これを機に、終の棲家探しの旅にでも出るか。
なんて所まで考えた後に、

『淡路島、移住者受け入れ』で検索してみた。

こんなにも沢山の起業者が、淡路島に点々と、
自らの拠点を築き、同じ想いで繋がり、話合い、
一致団結して島を盛り上げていることを知った。

相方さんは言った、
「うわっ、情報誌に出てるお店とか、全部外からの移住者やったんや‼」
「福良だけやん!完全に出遅れとんの‼何やっとん‼」
灯台下暗しとはまさにこのこと。

俺には移住者の自覚が少なかった。
相方さんの地元地域におんぶに抱っこで、
さらにその周辺を見ていなかった。

淡路島は、そこそこ広い。
小さな町が点々としている。
中心地の洲本は都会。山間の民家も多い。
漁師町と言えば、福良や由良や、東浦などなど。
瀬戸内海側や、太平洋側にも、それぞれ町は分かれている。

「住むなら太平洋側やな。夕日がきれいやで。」
相方さんは呑気にそんなこと言ってるけど。
北から南まで、高速道路を車で1時間くらいかな。
まあとにかく、町は町ごとで分かれて成立している。

福良に移住するというと、一番に反対するのは、実は、
島のご両親だったりする。そりゃとにかく心配なんだろう。
愛する我が娘に、何だが得体のしれない俺が付いてきて。
前例のない自家焙煎珈琲屋で、豆を売るなんて言っとる。

「福良はヤバイで~。人おらんし。都会で仕事せな。」

今回ぐるっと淡路島をネット上だけど見回してみて、
福良という町の豊かさをより感じた。この土地は恵まれている。
だから、地方活性が叫ばれてもう十数年経ってもなお、
「福良はヤバイで~。人おらんし。都会で仕事せな。」
それはまだまだ余裕がある証拠な気もする。

どこの町でも、地方は皆ヤバイから、
人がいなくなってどうしようもなくなる前に、
魅力的な町にして、興味持ってもらい、移住者を増やそうと、
ずっと懸命に努力し、外からの血を入れているのに。
相当な葛藤を超えて、道を進めてきたはずだ。

また、こういう話も今さら出て来たりする。
「珈琲屋だと、客の取り合いになるから、どうたらこうたら。」
何だか、とっても哀しい話である。
が、これも現実。

・・・正直、俺の頭には全くもってそういう奪い合い思考はないのだが、
その土地に行くのなら、さらにその思索を進めて、理念として固め、
お店のコンセプトやらブランディングに反映させなきゃいけない。

俺も相方さんも、当たり前だが、ケンカしに行くのじゃない。
それを必ず分かってもらうための、工夫が必要。
分かりやすい工夫と行動、誠実さが。

で、初心に戻って、
しっかり淡路島福良という土地で、
類まれなる、愛される自家焙煎珈琲屋をやらせて頂きたい。

・・・と、そんな崖っぷちの決意を持って、
この盟友の著作を改めて2度目読んでみて。
(長い前置きッ‼)

自分の本当にやりたいこと、ズバリ使命。
大事な想いも、珈琲も、伝える手法も、お店構えも、
その実現の先にはっきりと、故郷淡路島福良の町の活性化が見えて。

町が無ければ、人も来ない。
それをおもてなしする人もいない。
交流が無ければ、心を伝えられない。
心が伝えられないということは、
そこに心が無くなるということで、
町が死ぬ。島が、地方が死ぬ。
・・・そうなってたまるかい。

相方さんと今まで少しだけど、
様々な場所を旅してきて。

「どんなに廃れた田舎な町でも、
そこに素晴らしいお店が一軒でもあれば、
その町の印象は良い思い出としてはっきり残る。
だからそういうお店をいつかやろう。」

「淡路島を有名にしようと都会に飛び出て来たのに、
そんな大好きな故郷がどんどん変わっていってしまう。
いったいどうしたらええんや‼あんな島嫌いや。みんな嫌いや。」

そういう自分たちの想いもすべて、
良い方向に進められる方法論があることを感じた。
経営論なんて、千差万別だけど、選ぶには哲学が必要。
自分のずっとずっとずっと根っこにある哲学を思い出した。

25、6歳くらいの若き日から、
いつもこの盟友と、共に作品を作っていたピアノマンや、
近い魂を持つ少ない仲間と語らっていた、大いなる夢や想い。
甘くて甘くて、とろけるように熱かった、そんな酒のつまみ妄想話。

年経るごとに皆立派になって、俺は相変わらずのままで、
何だか恥ずかしいし、語る資格もないと感じるようになって、
ブツブツ独り言を呟くように、どんどん小さくなっていった言葉たち。
それぞれがそれぞれの居場所で働き、語り合う機会もぐんと減った。

そんな、しょうもない自分だけど、
全然しょうもなくない想いを、お店という形にまとめ上げてみせます。
(いや、お店にカタチ創るには、あの方々の才能が無くてはならないのですが。)

でもちょっとね、色々全部つながって見えた。あの頃から今までのこと。
5つほどのキーワードをつなげていったら、自然な物語が描けたのです。
その物語を週末島から無事に帰って来れたら、書いてみよう、A4の紙1枚くらいで。
自分があたかも記者となって、お店を取材したかのような文章を。

友よ、今更ですが、心添えをありがとう。
やっぱり俺たちは物語の住人なんじゃね~の?
人生第2部、集大成の珈琲屋も、楽しみにしていて下さい。
a0247515_1822219.jpg
こちらは彼のお師匠さんや仲間との、かつての彼の共著。
実体験的で、今読んでも刺激を受ける、遊著です。
Amazon

※ちなみに、バッハトレーニングセンターにも置いてあります。
『地域ブランド・イノベーション』の方も近い内に置いてもらいます。
興味のある方は是非に。
[PR]
by roaster-sk | 2014-02-20 21:31 | 開業準備記録

~淡路島福良のしまこや珈琲~


by roaster-SK
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite